被災地ボランティア体験記17

3日目は、海岸に近いところでの土おこし作業。

畑の中には、たくさんのがれきが埋まっています。
被災直後、がれき撤去のために、重機が畑の上も踏みかためてしまったため、いろんながれきが、埋まったままなのです。
畑を再開するにあたり、まずは、そのがれきを取り除かないといけません。
農家さんの重機では、埋まっているがれき(コンクリートとか、ガラスとか)によって、刃が壊れてしまったりするので、手作業で掘り返し、取り除きます。

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みんなで横1列になっての作業。
スコップで、掘り返しては、出てくるがれきを取り除きます。小さい石も、細かいガラスも、丁寧に。
スコップの先は何かに当たるんだけど…なかなか出てこない大きながれきもあったり。
みんなで根気よく、作業です。

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ブロック塀や、木、ガラス、錆びた鉄モノ、ビニール、せとものなど、いろいろ。

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畑じゃないところにも、ふつうに生活感を感じさせるものがあっちこっちに残ったままです。

そして、
取り除いたがれきは、最後、みんなで分別します。
7.8種類くらいに分別しておかないと、処理をしてもらえないのです。
細かいものも、ふるいにかけて丁寧に分けます。

この日は、撮っても風が強かったです。
海に近いということもあり、さらに、この地域の防風林は、すべて津波で流されてしまったので、吹きっ沙良氏なのです。
コンタクトの私は、目を開けていられず(涙)、地元のボランティアさんが持参していたゴーグルをお借りしました。
次回は持って行かないと!!

作業は、地道で、いろいろ考えると暗くなってしまうような状況ですが、
いつもボランティアの方々は真剣に、でもみんなで楽しく作業していますよ。


作業後、みんなで近くの荒浜海岸に行きました。(毎回来ると、行っています)
荒浜海岸は、以前は海水浴場であり、すぐそばには、住宅もいっぱいあり、学校などもあります。
震災後は、その荒浜海岸に200~300くらいのご遺体が流れ着いたそうです。
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新たに、観音像が作られており、そばにあった慰霊碑もすぐ横に移設されていました。
観音様の高さは、約9メートル。
この地域を襲った津波の高さ、だそうです。
見上げる高さです。
こんな大きな黒い津波が襲ってくるなんて・・・。



仙台の若林区やその周辺は、まだまだボランティアを必要としています。
ジモトの方々も、まだまだ忘れてほしくないと、思っています。

仙台は、横にも広いので、被災した地域というのは、海岸に近い一部であり、仙台全体からみると少ない地域です。
仙台の中心部や、役所などの重要地域も津波の被害は受けていません。
そのために、仙台内部の地域との格差、また、仮設住宅とその他の住居の方々などの間でも格差が出てきていて、それが新たな問題でもあるようです。

被災地といっても、場所によって、抱えている問題は様々です。
仙台よりも上の方、石巻とか・・・にもボランティアに行っていた人たちは、向こうはもっと深刻だ。と言っていました。

支援の方法は、いろいろありますが、私も、私ができることを続けていきたいと思っています。


先日、輪粉のお客さんのご実家が松島であることを知りました。
これまでも、同じようにご実家や親せきが、被災地のほうであるというお客さんは何人もいらっしゃいました。
自分は何もできていない。
とおっしゃいますが、そんなことはありません。
私が、向こうに農家さんのボランティアに行こうと思ったのも、今こうして食に携わる仕事をしているからで、
この仕事をしていなかったら、きっと行っていなかったと思います。
また、これまで、家族や友人や、そして多くのお客さん、作家さんに助けられ、こうして仕事を続けていられる中で、
この感謝の気持ちをどうしたらいいんだろう、
自分が人にしてあげられる(してあげるといういい方もどうかと思いますが・・・)ことは何なんだろう。
とずっと思っていました。
なので、そのお客さんも、こうして私を導いてくれたうちの一人なのです。
なので、私は、感謝しています。

支援の仕方は、人それぞれです。
興味を持つところも違うわけだし、自分の置かれている状況もみんな違います。
何をどうしたらいいのか分からない、思っていても動けなくて、心がもやもやしている人もいっぱいいると思います。(私の友人たちも、言っていました)
出来る支援をほんの少しでも、
そして、何かのきっかけに出会った時には、是非、ちょっと動いてみるのもいいかと思います。

また今月末ごろに、行ってくる予定です。

  1. 2013/05/05(日) 21:15:04|
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